抱負




チョッパーに並び
私が大好きなONE PIECEキャラの
一人であるブルックさん。








ふざけてるようでいて
彼は彼なりに
いろいろな経験を積み


感情のぐるぐるを
一周したあとで
ここに戻ってきたんだと
思うんですよね。





burukku_ikitete


自分も今
こういう感じに
生きていこう
と思ってます。 (・∀・)


素敵な週末を
お迎えください☆


******************
よろしければ、ご協力お願いします。


この下に表示される動画やリンクは
当ブログとは関係ありません。(・ω・)


広告

抱負」への6件のフィードバック

  1. ! 好きなキャラが二つとも被った・・・だと(笑)
    (このネタはBleachだけど)

    僕も、
    「おれがしっかりしなくちゃ」って頑張るチョッパーと、
    人生の深いところまで見ていながら底抜けに明るいブルックが、
    お気に入りです。

    自分の性格自体はロビン的なので、
    逆にブルックみたいに陽気にふるまえる存在に、
    どこか憧れのようなものを感じてしまいます。

    いろいろと辛い体験を経たからこその強さ、明るさ、
    それって本当に凄いことですよね。

    • なんと!!!Σ(・ω・) 

      個人的に「こうなりたい」と憧れるのはルフィーとシャンクスで、ついつい「その気持ちわかる!!!」と感情移入してしまうのはゾロなんですが、自分が目指す生き方・・・みたいなのを考えると一番しっくりくるのはこの二人なんですよねー。

      チョッパー君もブルックさんもC.I. さんがおっしゃってるとおり、人間の徹底的に醜い非道な姿、みたいなのを見て、絶望の世界みたいなのを経験しているにもかかわらず、それでも仲間や世界を信じ、敢えて明るい未来を選び笑顔(っていうかブルックさんの場合は骸骨なんで笑顔と呼べるのかわかりませんが(笑))を絶やさないところに魅力を感じます。

      ちなみに、どこかで聞いた話ですが、辛かったりダークな体験をしなくても意識を高めて悟れるけど、そういう体験をしたことのある人の悟りは、深みが出るというか、重みがあるというか、コクみたいなものがでるらしいです(笑)。

  2. 悟りというか解脱というかを山登りにたとえたら、ロープウェイでスーッと行って高みから景色を眺めてもいいけど、自分の足で一歩一歩登りながら進んでもいいわけで、それぞれ方法論や生き方があるわけですよね。

    例えば、海峡を渡る長大な橋を建造したり、人類初のコンピュータを作ったり、インターネットを世界中に敷設したり、技術革新したり、何かの分野で道を切り開いたり・・・みたいな大変な仕事を成し遂げた(いま成し遂げている)人は、一歩一歩山登りしているようなものだと思います。

    一方で、そうして出来上がった橋やルートを通ったり、新しい道具を使ってスイスイやって行ける側の人間は、いわば楽チンなロープウェイに乗っているわけです。当然、両者で見える・味わう・経験することの重みや深みは違う。でも、どっちを経験するのも本質的には自由なんだと信じます。

    ただまあ、個人的には、人の痛みや辛さ、苦労が分かるような体験を自分もしている人は信頼できるなーっ思います。病気でも貧困でも差別でも自殺未遂でも何でも。それは、頭で理解しようとするのではなく、実体験として心に染み込んだ経験から出てくるものなので。そして、自分の辛さをを悲観することなく、人生の糧(栄養)として、バネとして、共感の材料として、優しさや思いやりを示す動機として、明るさや強さを発揮している人を、僕は尊敬します。

    目覚めた、悟った、なんて簡単に口走るのは恐ろしいことだと思う。それはかえって人を盲目にしかねないから。よく悟りには何段階も何層もあるって言うし、理解や気づきの奥深さには終わりがないんだろうな、と感じます。

    ・・・あれれ、何の話だっけ?(笑)

    ともかく、チョッパーの物語とかシャンクスの片腕がなくなった理由とか、一人ひとりに物語があるけれど、それぞれの人物が抱えているものの大きさを知ると胸が熱くなりますね。(人物どころか、ゴーイングメリー号にも感動の物語があったりで)

    あ、今ふと思い出しましたが、コアラの子供のときの話もいろいろと考えさせられるものがありました。今じゃ、すごく強くてしっかり者の大人になってて、再登場したときは驚きました(^^) まだしばらくワンピースは続きそうなので、今後どうなっていくか楽しみですね!

    • コアラの子供の話というのは知らないんですが(ワンピースがまだ続いているということも知りませんでした・・・(・ω・;) )、「人の痛みが分かる人は信頼できる」というのと「悟りをゴールにしてしまう危険性」みたいなものに関して仰られていることに深く同意します。

      私の師も「悟り」には始まりも終わりもなく、永遠に続いていくもので、師弟も「共に同じ道を歩む仲間」だから、各自持っている意識の差はあれど、そこに上下関係はないって仰ってましたし。 (・∀・) 

      私の友人には覚醒してる人が数名いるんですが、そのうちの一人は「私は人間としてのいろいろな経験が少ないから、理解が浅い」というか、そのために「伝えられる内容に重みがない」みたいなことをよく言っていました。自分自身で体感していないため、どうしても理屈ちっくな説明になってしまうのかもしれません。

      で、それに対し、もう一人、幼少時からかなり波乱万丈な人生を送り、今でもかなりチャレンジャーな道を選んでいる方の友人は、引き出しが多いというか、人間としての経験が豊富なので、どのような境遇にいる人にも届く、理屈じゃない伝え方ができるような気がします。

      うちの師匠も「素晴らしい学者が、必ずしも素晴らしい先生になれるとは限らない」というようなことを仰っていたのですが、私の個人的な見解では「教える(伝える)」というのは、叡智だけではない愛の力がものをいうんじゃないかなーと思いますね。

      でもまー、私が思うに神様は「同じものは二つもいらない」と思って全てを創造したのだろうし、ベタな言い方ですが「みんな違ってみんないい」はずなので、それぞれの個性をそれぞれがベストだと思う形で表現しながら生きて行くのが一番素敵なんじゃないかなと(失敗・失態・惨めで弱い部分も全部含めて)。

      • そっかー、そっちだと観られない/読めない回(号)があるかも、ですね。
        ちなみに、僕は「るろ剣」も漫画全部読んでるので、またその辺でも雑談ができそうですが、それはまたの機会に(笑)

        時折出てくる、ゆきさんのお師匠さんって気になりますが、あえて名前を書かないのは理由あってのことなんだろうと思ってます。でも、話してもいいよって時は、そっとFBのメッセージ辺りで教えてくれると嬉しいです。

        >叡智だけではない愛の力がものをいう

        仏教だと智慧と慈悲ですね。智徳ある人は、その基盤となる様々な深い体験に基づいた生き方をしているんだろうと思います。

        >神様は同じものは二ついらない

        これ、本当なんじゃないかって思います。それが、いわばオリジナルのデザインで、全ての人が価値ある存在として成り立っている理由だと思います。違いを理解し、受け入れ、楽しめると世界観が広がりますね。

        久々にゆきさんと話ができて楽しかったです。またどこかの記事でお邪魔すると思います。ではでは~

コメントは受け付けていません。