瞑想

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(以下は、とある人と生徒さんの会話の
一部を抜粋して、書き起こししたものです。
私の言葉ではないので、コメント欄は閉じてます)



人はみんななんか
上手い手があると思ってる。

例えば、
いろんなロックスターが
物凄く調子に乗ってやってる。

が、

スターっていうのはね、
本当にスーパースターに
なればなるほど
哀れだっていうことに
気がついてもいい頃だ。

何一つ、
捕まえることは出来ない。

何一つ、
確かに自分のものとして
おくことは出来ない。

ただ一時的な快感はある。

だけど、
二年か三年から経ったら、
全然そんなものは、
自分の不安とか、
欲求不満とかを
解決してないのがわかる。

全然。

一体、
人は何を求めてるんだ。

何を?

何をほんとに求めてるんだ?

いろんなものに情熱をかけ、
そして人はあれがいいという。
マスコミはあれがいいという。

一生懸命おっかける。

が、行き着いた人間もそれらしく

「うん俺はもう最高の音楽家だ。
とても最高だ」

っていう顔をしなくちゃいけない。

ちょっと昔だったら英雄だ。

「俺は英雄だ」

なんて、こんなことやってる。

そんな英雄に限って
ひとりぽっちになるとね、

「電気を消さないでくれ。
ひとりぽっちにしないでくれ」

うん。

人間がある一つの線、
本当に厳しくて
本当に神になる、
その一線を超えない限りね、

人はどんなに外見をつくろっても
その内側ではさ、
本当に三歳の幼子と同じだ。
それくらい頼りない。

考えてほしい。

人はそう、俺たちはどうして
ひとりっきりになるのを
そんなに怖がっているのか?

ひとりっきりになると
空虚であることが
いよいよハッキリしてくる。

それでいて今度は外に
いろいろな人と付き合うとか
いろんなことをやってみる。

おぉ、そんときはいい。
上手くいける。

だけど・・・だけど。

今度は人すら恐れる。
同じ原因だ。

だって君たちは、とにかく


「俺は空虚じゃない」

ってことを、あくまでも
頑張らなくちゃいけない。

ただ一つの例外はない。
ただ一つの例外はない。

この世に例外なんて
ただ一つもありはしない。

だからこそ愛があるんだ。

自分だけ違う。
自分だけ力に満ちてる。
自分だけ完璧だ。

そんなことはない。
そんな馬鹿なことはない。

そして一生懸命、
抜け駆けすることを頑張ってる。
だから、いよいよ人を怖がる。

なにしろ、
抜け駆けしたような様子を
見せてもさ、自分の内面じゃ
ちっとも本当は全然、
優越してないことを知ってるから。

うん、君たちはね、
たった一回きり、今を生きている。

ああ、とても軽い言葉だ。

何故かっていうとね、
あまりにも単純すぎるから、
ピンとこない。

これを見れども見ず、
これを聞けども聞かず。

あまりにも単純すぎるんだ。

君たちは死ぬ。

たった一回きり今、生きている。

澄み渡った一生懸命さと、
そしてリラックス。

誤解しないでほしい。



澄み渡った一生懸命さと
リラックスは別のものじゃない。

それを分けるから
リラックスが
台無しになってしまう。

そう瞑想には二つの方向がある。

一つは完全に自分が消えて、
初めて生き始めるという、
そういう瞑想だ。

いや、もう既に
完璧にいたことに
気付く瞑想だ。

それはもう
瞑想ともいえない。

そしてもう一つは
それはなんらかの形で
自我が安定する場所を
発見することだ。

一人の、本当に
愛する恋人に出会う。
そのために死んでもいいと思う。

それが一生の間、
いや永遠に続くとしたら、
それは一つの答えだ。
一つの愛だ。

音楽家が、音楽に
自分の全てをかける。
それは決して、
宇宙とか悟りとかって
いうようなものではない。

だけど、
それに出会ったとき
その人は本当に楽々と
自分の人生を
楽しむことができる。

もちろん、
苦しみも悩みもある。

が、

その苦しみや悩みは全て
肯定的なものだ。

なぜなら、
人間は何かに自分を
かけたいと思っている。

それくらい
嫌気がさしてるんだ。


人間の本質っていうのはね、
自我の本質っていうのはね、

もし憎しみという言葉を
使うとすれば、憎しむ、
その対象は自分自身以外ない。

自分を一番嫌っている。

じゃ、そのへんの
酒屋さんとか、
なんとかは、のほほんと
生きてるじゃないかって
言うかもしれない。


それはね、一つの
バランスに達したんだ。

それは、
自我が消えたんじゃない。
完全に自由じゃない。

それは片隅の幸福だ。

でも、それはとても
バランスがとれている。


文句ない。

比較するんじゃない。


自分と何かを
比較してはいけない。

君は一回きりの君だ。


永遠に、永遠に、永遠に、
君は生きた。

その生きたっていうものは
二度と帰らない。

宇宙が始まり、宇宙が終わる。
地球が始まり、地球が終わる。
永遠が始まり、永遠が終わる。


だが、今の君は
二度と、二度と、二度と、
戻って来はしない。

同じ君は、絶対にありえない。

たった一回きりの君だ。

そして、それは
全ての人々にも言える。

いいや、全ての命に言える。


全ての。

そんなこと判ったって、
頭で判ったって、
何の意味も無い。

が、


今君たちのハートに
俺の声が流れている。

そうすると、
そこから新たな希望が、
新たなエネルギーが、


かすかに、かすかに
育ち始める。

もう一度言おう。


永遠に、永遠に、永遠に、
永遠に、今あるあなたたちを
繰り返す道はない。

無限の時間が経ったとしても
君たちはもう一度
出てくることは無いんだ。

たった一回きりなんだ。

たった一回きりなんだ。

だからこそ、
勇気が出てくる。


だからこそ、
愛が出てくる。

そして、
誤解しないでもらいたい。

社会的に繁栄したり、
確固とした地位を
得た人っていうのが
何か上手く行ったなんて
思わないこと。

んなもの錯覚にすぎない。

人間っていうものは、
自分の自我の全体を
直面した時、初めて生き始める。

それ以外は、どんなに
上っ面を整えたとしてもね、

それはいつも、

自分が
嘘ついてるんじゃないか?

本当に生きてるんじゃ
ないんじゃないか?

って、思い続けてるだけだ。

ただ、それをとても
深いところに抑圧している。

もし君たちが、
何か素敵なもの、
何か上手い手があると思ったら

その方向に向かって、
全努力をするべきだ。

そして、
その喜びと苦しみを
ことごとく味わうべきだ。

そしたら判るだろう。


人間である限り
何をやったとしても
何一つ例外が無いことを。

君たちはあまりにも
マスコミが作りだした
外部が作り出した価値観を
信奉しすぎたために
自分たちをとても弱く見すぎる

本当は誰でも
同じところにいるんだ。

ただ違うがあるとしたら
一つだけ。

それは、自我が自分が何とか
上手くやろうとする立場が迷い、
そう本当は迷いでさえ無いのだが、
迷いだと気付くことなんだ。

その時初めて君たちは
初めて生き始める。

そして、それが瞑想なんだ。


永遠に、永遠に、永遠に
二度と今いる君たちっていうのは
繰り返すって訳にはいかないんだよ。

永遠に、永遠に、永遠に・・・
いい?

無限の時間が経ったとしても
同じ君たちっていうのは
二度と現れないんだよ。

同じあなたは現れない。
たった一回きりのあなただ。

命がけであれ。
命がけで生きろ。

それを何か人々は、とても
堅っ苦しいことのように思う。

そんな馬鹿なことはない。

命がけで生きるっつったら
これぐらいシンプルで
これぐらい当たり前で
これぐらい朗らかな考え方は無い。

だって死ぬんだもん、君たち。

もし死んだら、
君たちはもう二度と
繰り返すことは無いんだぞ。

君たちは二度と今を
繰り返す訳にはいかない。

だから全てをかけるんだ。





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