深い闇、強い光

20140329-003659.jpg

最近、オーストラリア原住民の女性シンガーたちの実話を基に作られた某映画をDVDで観て、彼女たちの歌声に聴き惚れてしまい、何度も観直してしまった。


ここに出てくる曲は全てオールディーズのソウルミュージック(ブルースとか、ファンクとか、そういうのが出てくる前の、50年代以前の懐メロみたいなやつ)で、正直全く興味が無い、どっちかというと苦手なタイプのものばかりだったので、自分でもなぜここまで響いたのか不思議だった。


彼女たちが歌ってくれたおかげで、何でこれらの曲がここまで人々に愛され続け、人気があるのか今ようやく理解できた気がする。正直言うと、どこかで聞くたびに古くてダサいなーと内心思っていた曲ばかりだったのである。


その理由は、おそらく歌っている彼女たちが、本当に思いっきり楽しんで歌っているからだろうと思うが、その他にちょっと思い出したことがあった。それは、

I love all kinds of music but what fascinates me most is black music. Coz they suffered the most.

私はどんな音楽にも魅せられたけど、一番取り憑かれたのは黒人音楽ね。一番苦しんだのは、あの人たちだから。



という某映画の中に出てくる台詞だ。映画自体のストーリーは全く覚えていないのに、何故かこの言葉だけは今でも脳裏に刻みついている。


人が苦しまずに楽して喜びを経験することは可能だと思うし、それが自然な姿なのだろうとも思うが、たまたま(?)きっつい経験をしてしまった人は、自動的にそれと同等の逆のエネルギーを昇華させるようになっているんだ、ということが感覚的にようやくわかったような気がする。


歌のうまさなら、ビヨンセとかマライアとか、あの辺の人らの方が凄いのだろうとは思うが、彼女らの声を聴いて聴き惚れることはあれど、今回の無名オーストラリア原住民女性シンガー達の声を聴いたときのように「この感覚をもう一度経験したい」とは思わないだろう。


これは単に私の思い込みと憶測に過ぎないが、アメリカ原住民の人らと同じく、祖先を迫害した支配者たちに疎まれつつも、受け継がれた文化を守り続けるオーストラリア原住民の子孫である彼女たちには、そういった複雑で、困難な環境に育った者が持つ生きる覚悟の強さみたいなものがあるのではないかなと思う。


そして更に素敵だなと思ったのは、彼女たちは人種差別という現実を理解し、それに影響を受けつつ生活しているにも関わらず、自分らの道を貫き、憐憫や卑下などという言葉を吹き飛ばすような、太陽のような威厳がある明るさを常に持っていることだ(と言っても、私が見たのは映画や、メイキングオブでの映像のみなので、これも私の妄想と憶測に過ぎないのだがw)。


アメリカでは黒人の人々は白人の奴隷にされ動物扱いされたが、オーストラリアでは原住民(黒人)人種を絶やすための対策が取られたらしいので、存在自体は許されている動物以下の扱いと言えるかもしれない。そんなハードな背景を持つ国で生まれ育ち、元気に生きている彼女たちの声には、尋常じゃないパワーが備わっているんだと、何度もその歌声に心を揺り動かされ、笑顔に励まされながら、私は一人で勝手に納得している。


オーストラリア原住民のみなさんに幸あれ☆

よろしければ、ぽちっとご協力お願いします。

*この下に表示される動画やリンクは、うちとは関係ありません。(・ω・)

広告