モヤモヤの可能性

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先日私は少し前から温めていた構想を基にとあるストーリーを書き始めたのですが、さらっと下書きした後、次の日に読み返し、そのあまりの駄目さ加減に絶望して落ち込みました。想いを込めた言葉は短くても必ず伝わる、みたいなことをアートディレクターの佐藤可士和さんが何処かで仰ってたように記憶していますが、その逆に想いを込めてない上っ面だけの言葉は、どれだけ飾り立てようが絶対伝わりませんね。


だから無意識のうちに、そういう言葉ばかりを連ねたのであろう自分の文章を読み


(こんなもん、読む気になれんわ!(ノ`△´)ノ ┫:・’∵:.┻┻:・’.:∵)


と、いさぎよくボツにして再び最初から書き直し始めたのは良いものの『一言でも妥協すまじ!』と思いながらだと、もう一文書くだけでヘロヘロ。(笑)


そこで、少し弱気になりました。


世の中には言葉のセンスが素晴らしい人がたくさんおられるし、うちの職場にいるライターさんたちの間で時々使われる「全ての人がライターになれる。もしくは慣れると思っている」というジョークの通り、文章を書くのが好きな人や上手い人は腐るほどいます。それでなくても物書きになりたい人は多いのに、何で私がわざわざ書く必要がある???という、まぁある意味、真っ当な疑問が湧いたのです(笑)。


叩けば多少の埃が出る身ではありますが(笑)、私より波瀾万丈に満ちた人生送っている・いた人はたくさんいるし、わざわざシェアするほどの経験や知識・智識を自分は持っているのか???と正直に自らに問えば答えはノー。


その時にふと脳内を流れたのが

♪こんなこといいな、できたらいいな
あんなゆめ こんなゆめ いっぱいあるけど~♪

というご存知、ドラえもんの歌。

私はそのお陰で、とても大切なことを思い出しました。
重要なのは話そのものではなく、それが自分の世界でいかに翻訳されて出来上がるかだということを。



これは、文章でも音楽でも絵でも服でも料理でも同じだと思いますが、「自分にとって最高!」だと思えるものが無いから自分で創るんですよね。私はかつて音楽で自己表現することに情熱を賭けていた事がありますが、心底惚れたミュージシャン達の作品に出会ってからはその情熱は完全にゼロになりました。私が最高だと思うものを、その人達が既に実現してくれていたからです。しかし、絵と文章に関しては、まだ自分の中にモヤモヤが残っているので、自分にはそれらを形にする責任があると気付きました。誰に対してでもなく、自分自身に対して忠実であるために、です。


そして、この歌詞の中には、全ての人が、そのモヤモヤを知るヒントが隠されていると思いました。



「電話しながら相手の顔が見られたらいいな♪」


と誰かが思ったから、スカイプやテレビ電話が作られたのだし


「日本人の口に合うバーガーが欲しいな♪」


と誰かが思ったからモ○バーガーが生まれたんですよね(多分w)。


数十年前にはSF映画にしか出て来なかったような事が、現在はほぼ全て実現しているし、【叶わない夢】というのが、じゃんじゃん少なくなって行っています。


アメリカには「こんなもんがあったらいいな」と思うアイディアを提出して、ニーズがありそうであれば商品化して販売出来るサイトがあるのですが、自由に形を変えられるサージ防護機器を発明した人なんか50万ドル(5千万円近い)くらいの売り上げを上げています。(これ→:http://www.quirky.com/products/44


ドラえもんの歌の通り、「あんなゆめ、こんなゆめ、いっぱいある」ので、これから実現される商品や、サービス、アイディアなんかの可能性は、もう人の数だけある訳で。そう思うと、とりあえずアイディアは現実化してみないと惜しいと思うんですよ。だから、もし迷っているなら、とりあえず何か試しにやってみません???


超長文になってしまいましたが、これを読み、私のように自分の才能や能力に限界を感じて、もう諦めちゃおうかな、と思いかけた人のヒントになればいいなと思って書きました。


それでは最後まで読んで下さって、ありがとうございました☆




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モヤモヤの可能性」への2件のフィードバック

    • いえいえ、こちらこそいつも長いの読んで下さってありがとうございます。(´∀`)

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